皆さん、「課題の分離」って聞いたことありますか?
課題の分離は、アドラー心理学を理解する上で、重要な概念でもあります。
私もちょっと勉強して、自分で実践したり、周囲の関係を理解するヒントにしたりしています。
また、キングダムを読んでいると、課題の分離がちゃんとできていることが多いんですよね。
ということで、この記事では、キングダムで課題の分離ができている場面を紹介し、課題の分離の理解を深めていきたいと思います。
課題の分離をもっと理解したい、仕事や人間関係でつまづきやすい、あ~よくわからいない・・とにかくキングダムが好きだ、という人は是非、この記事を読み進めてみてください。
アドラー心理学の「課題の分離」とは?
まず、アドラー?課題の分離?とはなんぞやを簡単に紹介します。
「課題の分離」はこのアドラー心理学の理論を実行する上で、重要な考え方の一つです。
「馬を水辺に連れていくことはできるが、水を飲ませることはできない」ということわざがあり、課題の分離の考え方に近いです。
いくら周りが機会を与えるよう支援しても、最終的にそれを実行するのは本人の次第であるという意味ですね。
実例を2つほど紹介します。
【例】子供が勉強や宿題をしない(親の立場)
・考え方=勉強しない、宿題をしないことによって、その結末を受け入れるのは誰か
・誰の課題=子供の課題
・してはいけない行動=あれこれ子供に口をだす、イライラして叱ってしまう、褒美で釣る、放置、など
・親の望ましい行動=勉強する意味を教える、勉強しやすい環境を整える、困ったことがないか確認する、相談に乗る、など
【例】部下の業績が伸び悩んでいる(上司の立場)
・考え方=部下の業績が悪いことによって、その結末を受け入れるのは誰か
・誰の課題=部下本人と上司の両方の課題
・してはいけない行動=こういうやり方をしろと命令する、イライラして叱ってしまう、放置
・望ましい行動=業績が上がりやすいしくみをつくる。部下が困っていることを上司として支援する。
課題の分離についての一般的な知識の教養を詳しく知りたい人は、「嫌われる勇気(古賀史健・岸見一郎 著)」や、ネットの情報で調べてみてください。
課題の分離は有名なので、わかりやすく解説している情報は多いです。
※参考動画
『アドラー心理学』課題の分離の重要性とは?劇的に心がラクになる ポイント
さて、前おきはこのぐらいにして、私の場合はビジネスにおけるキングダム教訓なわけですから、いよいよ、キングダムに絡めて、課題の分離を紹介していきます。
課題の分離 ~課題を切り分ける~
まず、自分の課題か他者の課題かを、明確に分けることが大切です。
課題を切り分けている描写を紹介します。
まずは、宜安の戦いの信の選択です。
右翼の持ち場を放棄する信 飛信隊と楽華隊の目の前の敵に注力する <引用 キングダム 66巻>
宜安の戦いの序盤、李牧の罠にハマった桓騎軍。
完全に詰んだ盤面となり、何かアクションを起こさなければ、一気に全滅の恐れ・・・
信は持ち場の右翼を完全に離れ、楽華隊と合流する。
右翼がいなくなることで、桓騎の本陣が危うくなると周りは心配するが、信は「しょうがねぇ」「桓騎は何か対処はする」と言い張るのだ。
「それより今は俺達だ」と、何とか自分達で打開をしようと、目の前の敵に集中する・・・
信はこのままでは生き残れないという課題を解決するために、本能的に右翼を離れる行動に出ました。
そうすることによって、桓騎軍の本陣がもろに横撃を受ける形になってしまいますが、それは気にしません。
そうです、信は現状打破するという自分の課題だけに集中し、課題の分離をしたのです。
信の課題=火を起こす場所を見つけ、戦局を変える(突破を図る)
桓騎の課題=右翼を欠いた状況に対処する
普通の将のように、持ち場を離れるなど無責任だ、桓騎本陣はどうするかなど、あれこれ考えていては、行動にすら移せなかったでしょう(課題が分離できていない状態)
信は他人の課題と自分の課題をはっきり区別して、目の前の自分の課題に注力したわけです。

私も何十年も組織で働いていますが、自分の行動や自分の部署の活動で、信のように課題を切り分けて、行動ができてないな~
どうしても、上司やメンバーの肩をもつ言い回しや、他部署のメンツをつぶさないような行動をとってしまいます。
なんと、自分が中途半端な行動しかできないか、自分の課題と他人の課題が切り離せていないか、思い知らされる場面でした。
課題の分離 ~コントロールするのが自分か他者か~
課題を、自分でコントロールできるものか、できないのかを分けることも重要です。
自分でコントロールできることを自分の課題、自分でコントロールできないことは他者の課題と定義します。
次の事例は、姚賈が趙の二重間者(スパイ)であると、李斯に問い詰められる場面です。
間者の立場は軍部とは全く違うと言い切る姚賈 <引用 キングダム 70巻>
李斯は韓非子から聞いた話から、部下である姚賈を疑い、問い詰める。
李牧の罠(宜安)を知っておきながら、なぜ桓騎を見殺しにしたのか・・・
姚賈は確固たる態度で申し出る。
列国の中枢に入り込み、諜報機関をまとめる責務に担っている姚賈。
諜報機関の仕事は「軍」ではなく「国」が相手にしている・・・
ましてやせっかく入り込んだのに李牧に怪しい動きがバレれば努力が水の泡・・
「武将一人の生き死はなど知ったことか」自分は裏の力で中華統一を成すために行動していると、李斯を論破する。
姚賈は、李牧などの強敵を軍の力で倒すのは「軍部の課題」、諜報活動により敵国を内部から崩壊させるのは「自分の課題」と、課題を完全に分離しています。
姚賈は、自分がコントロールできるのは諜報活動、いわゆる情報戦であり、自分でコントロールできない軍部にまで踏み込むことによって、間者として積み上げてきたものが崩れることになる(スパイとバレる)とも言っています。
そして、最後には、自分の行動は、中華統一を成すという共通の目的のためだと結論づけました。
考えてみれば、私も他部署からあれこれ言われることってありましたけど、「余計なお世話だから」「わかっているような口を利かない」で、と内心では反骨の精神をもったことも度々ありました。
自分がコントロールできる課題に、コントロールできない人(他者)にとやかく言われたくないわけですよね。
他人の課題に必要以上に踏み込まない、自分の課題に必要以上に踏み込ませないって、とっても大事なことです。
二流三流のビジネスパーソンである私は、姚賈の言葉をきいて、自分がコントロールできることに最大集中しようって改めて思った次第でした・・・
課題の分離 ~最終的には誰の責任か~
その課題が誰の課題かと迷ったときは、「最終的に責任を持つのは誰か」という問いをするといいと言われています。
ある事象が発生して、課題をそのままにしたとして、最終的な結果を受け入れて困るのは誰かということです。
えっ⁉って思うぐらい、「最終的に誰の責任か」という観点で課題の分離をしているキングダムの描写があります。
faaa 桓騎の暴虐に対して怒る飛信隊 <引用 キングダム 64巻>
平陽の戦いで、無抵抗の捕虜を大量虐殺をした桓騎。
この出来事は、中華統一を掲げる秦国にとって、その後の国政に大きく関わる。
他国の敵対心を強め、怨念を持たれては、中華統一どころではなくなる・・・
当然、桓騎に対しては信は怒り動こうとする。
河了貂は「信は将軍の役割を全うしろ」と止める。
この暴虐に対しては、秦王の嬴政が動かなねればならないと河了貂はいう。
すぐに軍を率いて桓騎のところに訪れる嬴政。
嬴政は桓騎を処罰するのか・・・⁉
現場では信は怒り狂い動こうとする、将軍という立場を考えろと河了貂に止めてられています。
咸陽の幹部陣では、李斯が「難しい状況になった、なんで桓騎を六将に・・・」などと騒ぎます。
しかし、信や李斯の課題ではありませんよね。
二人が動いたところで、余計にややこしくなるだけです。
無抵抗な捕虜を殺したことに対して、「最終的に責任を持つのは誰か」と考えたときに、それは信でも李斯でもなく、王である嬴政の課題となります。
実は、無抵抗な捕虜を殺したことに対しての課題は、当人の桓騎の課題でもありません、やはり嬴政の課題です。
捕虜を虐殺するかしないかの、行動を選択するのは、桓騎の課題でした。
桓騎はすべてを受け入れるつもりで虐殺の方を選択し、裁かれてもいい覚悟で嬴政と対談しているからこそ、あんなに堂々とした態度が取れるのです。
「その課題は最終的には誰の責任か」を嬴政も桓騎もわかっていて、最後には人への期待といった深い会話にまで発展しています。
職場で人が辞めるという噂が流れたとき、お節介焼きの社員が、引き留め役を勝手にするケースがありますよね。
辞めるか辞めないかは本人の課題だし、離職の理由を追求し職場環境を改善するのはトップやマネージェーの課題ですよね(お節介焼きさんは自分の仕事をしてください笑)。
最終的には誰の責任になるかを、ちゃんと見極めて行動しないと、関係性が悪くなったり、別なトラブルが発生したりします。
まとめ
このように、キングダムは組織として課題の分離ができているケースが案外あります。
よくある漫画だと、感情に任せて仲間を助けにいき、さらなるピンチに・・・なんて場面が多いと思います。
キングダムって、やっぱ、ビジネスの教訓を教えてくれる漫画なんだな~って改めて思います。
まとめると、
・課題の分離は、自分の課題と相手の課題をはっきり区別する考え方
・課題を自分でコントロールできるものに集中する。
・最終的にもたらされるが結果が誰が受け止めることになるかで課題を分ける
・他人の課題には必要以上に踏み込まない。逆に自分の課題には必要以上に踏み込ませない
・課題の分離は結果的に、その人の成長や自立につながっていく。
・課題の分離は放置や無関心とは違う。支援や協力をする。
課題の分離は人間関係をよくしたり、問題解決を楽にしたりするアプローチの一つと言われています。
人間関係に悩んでいる、ストレスから解放されたいという方は、課題の分離をより勉強し、実践してみるとよいと思います。
課題の分離とキングダム教訓の組み合わせは、考察がまだまだ足りていないので、また別の記事で紹介していきたいと思います!















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